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「人材不足時代」の到来

ポイント

生産年齢人口の減少は、経営資源としての「ヒト」そのものの不足につながるリスク要因であり、経営者が正確に認識すべき重要な環境変化のひとつです。「人材不足」は企業収益の悪化につながるだけでなく、企業の成長や事業継続の阻害要因となる可能性もあることから、経営者は環境変化を正しく認識し、多様な人材の獲得と育成、定着に取り組んでいくことが求められています。

1減少が続く生産年齢人口

わが国の生産年齢人口は1995年にピーク(約8,726万人※1)を迎えて以降、一貫した減少傾向が続いており、2015年には約7,682万人(直近20年間で約12%の減少)にまで減少しています。さらに、2025年には約7,085万人、2035年には約6,343万人にまで減少することが予測されています※2。この問題は近年ニュースや書籍でも取り上げられることが多くなりましたが、あくまで社会現象としての話題が多く、企業経営に与える影響はあまり報道されていない印象があります。しかしながら、人口の減少は経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を構成する「ヒト」そのものの減少を意味しており、企業経営者にとっては看過できない重要なリスク要因であると言えます。なお、生産年齢人口は15歳以上65歳未満の人口と定義されており、実際の就業年齢とは若干異なりますが、事業活動の中核を担う人材の供給量が減少していくという意味ではその問題の本質は同じであり、経営者が直視すべき重要な環境変化と言えます。

※1 2005年までは5年ごとの調査であったため年度ごとの生産年齢人口は不明。なお、図表1での2004年以前の生産年齢人口は前回調査時点から次回調査時点(5年後)の増減数をその期間に応じて按分計算して試算している。
※2 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(平成24年1月推計)

図表1では生産年齢人口の推移と生産年齢人口1人当たりのGDPを示しています。生産年齢人口1人当たりGDPは2008年のリーマンショックによって初めて一時的な低下を示しましたが、それ以降は再度増加傾向に転じました。その間、日本企業は国際競争に晒されながらも、技術革新や継続的な効率化等、様々な経営努力を通じて、生産性を高めてきました。今後も引き続き生産年齢人口が減少していくことが避けられない見通しとなっている現在、企業には更なる付加価値や生産性の向上が求められていくことになります。しかしながら、付加価値や生産性の向上を実行していく主体はあくまでヒト、つまり「人材」であるため、事業活動を担う労働力そのものの獲得と定着、育成を真剣に考えていく必要があります。なお、東京、大阪等の首都圏を除く地方においては、その問題が既に顕在化しており、色々な取り組みをしたくてもそれを実行する「人材」がいないという問題に直面している企業も数多く表れてきています。

図表1 生産年齢人口・生産年齢人口1人当たりGDPの推移

2就業構造の変化

(1)女性と高齢者の就業状況

生産年齢人口の減少に対して、労働力の担い手として期待されているのが就業していない女性や高齢者層です。実際に、1995年から2015年にかけて生産年齢人口は約990万人減少しましたが、就業者数は81万人の減少に留まっており、女性や高齢者による就労の拡大が労働供給を下支えしていることが伺えます(図表2)。
まず、女性の就業状況を見てみると、1990年代以降増加傾向が続いた女性の就業人口(15歳~64歳)は2015年には2,466万人に達しており、女性の生産年齢人口(3,819万人)に対する就業率は64.6%にまで高まっています。その結果、1997年には共働き世帯数が専業主婦世帯数を逆転し、2014年には約60%に達しているといわれています。
次に、高齢者の就業状況を見てみましょう。高齢者の就業人口は長期的にみれば自営業者の減少等を背景に低下傾向が続いていましたが、2005年頃から上昇傾向に転じており、2015年における就業人口は男性で441万人、女性で288万人と1995年から大幅に増加しています。その結果、就業人口に占める65歳以上の割合も年々高まっており、65歳~69歳の就業率は約40%に達しています。

図表2 男性・女性別就業人口

(2)都道府県別の動向

ここまでは日本全体の就業動向を説明してきましたが、ここでは都道府県別に就業者数の動向を見てみます。
図表3は都道府県別に名目GDP(県内総生産)と就業者数を2000年度と2010年度で比較したものですが、就業者数は滋賀県と沖縄県を除く45の都道府県で減少しています。また、都道府県ごとの就業者の増減幅に大きな違いがあることも伺えます。特に、青森県、岩手県、秋田県、山形県、福島県、和歌山県、鳥取県、島根県、山口県、徳島県、香川県、高知県は2000年度から2010年度の10年間で就業者数が10%以上減少しており、東北地方と山陰地方、四国地方は他の地域と比べて人口の減少から生じる「働き手の不足」が一層深刻なものになっていると考えられます。
一方で、就業者1人当たりのGDP(県内総生産)を見てみると、2000年から2010年にかけて23の都道府県で減少しているのに対して、24の都道府県では増加していることが分かります。その中でも、和歌山県と徳島県は就業者数が大幅に減少している中、名目GDP(県内総生産)は従来の水準を維持しており、就業者1人当たりのGDP(県内総生産)は大きく増加しています。

図表3 都道府県別名目GDP(県内総生産)・就業者数

(3)就労形態の変化

次に就業形態の変化について、非正規雇用者数とその割合を産業別に見ていきます。
非正規雇用者数は、女性や高齢者による就業者数の増加に伴い大幅に増加しています。総務省の労働力調査によれば、雇用者数に占める非正規雇用者数の割合(非正規雇用比率)は、1995年の20.9%から2015年には35.0%にまで上昇しており、その主要因となっているのが、60歳以上の増加と59歳以下の女性による増加であると分析されています。
また、非正規雇用者は、全ての産業で増加傾向にあります(図表4)。事業の特性上、以前から非正規雇用者の割合が高かった小売業や飲食店、サービス業では一層その比率が高まっていますが、教育・学習支援業や宿泊業、運輸・郵便業、医療・福祉等の業種においてもその上昇幅が非常に大きくなっている点が特徴的です。

これまで見てきたように、生産年齢人口の減少という大きな流れの中で、女性や高齢者の就業が着実に進んでおり、それに合わせて業種・業界を問わず非正規雇用者が増加しています。企業経営者はこのような傾向を正しく把握するとともに、いかに限られた人材資源を獲得し、定着を促していくべきであるかといったテーマについて改めて向き合っていくべき時期を迎えています。

図表4 産業別非正規雇用労働者の割合

3高まる人件費負担

企業経営者は、自社が置かれている地域環境や業種特性から人材の供給動向を把握することと併せて、そのコスト水準を注視していくことも必要です。
ここでは、特にパートやアルバイトの人件費に大きな影響を与える最低賃金の動向を確認します。そもそも最低賃金制度とは、最低賃金法に基づき国が賃金の最低額を定め、使用者はその最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならないとする制度です。2015年度(平成27年度)は全国加重平均で798円となり、5年前すなわち2010年の730円から9.3%上昇したことになります(図表5)。2015年11月24日の経済財政諮問会議で安倍首相は「最低賃金を毎年3%ずつ引き上げ、最終的には1,000円を目指す」と表明する等、この傾向は当面続くものと考えられます。

最低賃金法は、「賃金の低廉な労働者について、事業若しくは職業の種類又は地域に応じ、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与すること」を目的とした法律です。しかし、企業側からみれば上昇した賃金が消費につながらない限り、人件費負担の増加が先行することになります。
当然に企業としても最低賃金の上昇水準以上の付加価値の増加が求められますが、それが実現できない場合は更なるコスト削減に取り組んで行く必要があります。
一方で、地域によっては人材不足に起因する採用競争の厳しさから、最低賃金を大幅に超える時給での募集・採用活動が行われている地域もあります。2015年10月に当社が実施した地域別のアルバイト募集時給調査によると、例えば新潟県A市では調理スタッフ業務として時給1,300円、岡山県B市ではガソリンスタンド業務として時給1,340円、佐賀県C郡では製造業の梱包業務で時給1,000円、といった募集事例を確認しています。このように一部の地域では、最低賃金を大幅に超える水準の時給を提示しなければ十分な人員を採用することができない状況になっています。そのため、パートやアルバイトの活用割合が高い小売業や飲食店等では人件費負担が一層高まっており、従来の売上水準を確保できたとしても採算を確保することが難しい状況となっています。

採用時の募集時給やその後の賃金水準は自社のコスト構造に大きく影響を与えるだけではなく、人材の定着つまり流出の抑制という観点からも非常に重要なテーマであるといえます。このことはパート・アルバイトだけではなく、正社員にも同様のことがいえるため、経営者には将来の人件費水準を定量的に予測、シミュレーションした上で、ビジネスモデルの変革やオペレーションの見直し、適切な人事制度の構築等を考えていくことが求められています。

図表5 最低賃金の推移

4企業経営への影響

(1)中小企業ほど問題は深刻化

大企業と比較して、高水準の人件費を負担できない中小企業にとって、人材不足は、より一層深刻な問題になっています。例えば、新卒採用に関して、図表6の通り、従業員300人以上の企業は求人倍率が0.5~1.2倍で推移している一方で、従業員300人未満の企業は3~4倍となっており、中小企業へ就業を希望する人数に対して、企業側の求人数が極めて多い状況になっています。このことからも中小企業は新卒採用の面でも非常に厳しい環境にあることが伺えます。
新卒採用に関わらず、中小企業において人材を確保することは非常に重要な経営課題となっています。図表7は業種別に従業員過不足DIの推移を示していますが、2008年のリーマンショック以降数年間は過剰感が不足感を上回っていましたが、2013年末にはすべての産業で不足感が上回り、直近でもその傾向が続いています。特に、労働集約型である建設業やサービス業ではその傾向が深刻化しており、人材の確保に苦慮しています。また、小売業は以前から一貫した不足傾向が続いてきましたが、近年では他の業種同様、不足感が一層増してきています。

図表6 従業員規模別大卒者の求人倍率の推移

図表7 業種別従業員過不足DIの推移(中小企業・小規模事業者)

(2)事業活動と収益構造への影響

人口の減少は、国内での企業経営にとって国内マーケットの縮小から生じる「売上獲得機会の減少リスク」という側面と、労働力の供給不足から生じる「採用・雇用コストの上昇リスク」という側面をあわせ持っています(図表8)。さらにいえば、そのような収益構造の変化や収益性の低下をもたらすだけでなく、事業活動を担う「ヒト」そのものの不足につながり、成長はおろか最悪のケースでは事業継続を阻害する要因になるものと考えられます。
本稿で見てきたように統計データ上、女性や高齢者の就業は年々拡大しています。しかしながら、「多様な働き方」を実現する制度と企業風土を確立し、その成果を十分にあげている企業はほんの一握りではないでしょうか。
すでに始まっている人口減少に起因する「人材不足時代」の到来に向けて、経営者はその現状と見通しを正しく認識し、限られた人材の育成と定着、女性や高齢者の活躍の場の提供等を通じて、最も貴重で重要な「ヒト」という経営資源のパフォーマンスを最大化し、企業の競争力を維持・強化していくことが求められています。

図表8 「人材不足時代」が与える収益構造への影響

 

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